2012年01月27日
唐突な「急性期病床群(仮称)」の提案を受けて病院関係者の間に当惑と先行きへの懸念が広がっている中で、1月26日、第3回「急性期医療に関する作業グループ」の会合が厚生労働省で開かれました。
この日の議題は「一般病床の機能分化を進め、急性期医療への人的資源の集中化を図るための具体的方策について」。
これではどのような議論を行うのかわかりませんが、実際には事務局からの一般病床の現状と、急性期病床の各国定義の紹介からわかるように、「急性期医療とは何か」はっきりさせるための基本データを明らかにしようとするものでした。
いわゆる一体改革成案で打ち出された高度急性期にあたると思われる「急性期病床群」は、病期に対応したものではない内容を含む以上、こうした基本データに基づく現状から「急性期医療とは何か」はっきりさせよう、あるいははっきりさせられるものではないという議論を成り立たせるためにも必要なデータであり議論です。
では、実際の議論はどうだったでしょうか。
優れた論点提起をされた一部の委員を除くと、率直に言って緊張感を持って議論の成り行きに注目しているものの一人として肩透かしと言える議論がされたという印象をぬぐえません。
例えば「病院経営ができなくなるという懸念が広がっている」という以上の踏み込んだ論点提起をするのではなく、あたかも経営が大変になりそうだから、そうならないような配慮を頼む、あるいはどんな条件を付けようと考えているのかを引き出そうというのでは議論の深まりようがありません。
地域の実態に踏まえた議論を
こうした中で、議論の基本を整理する論点提起をされた一人が西澤寛俊委員です。全日本病院協会会長である西澤委員は、次のように問題を提起しました。
あらかじめ「医療経営が困るから(急性期病床群の考え方に)反対ということを主張しているわけではない」とクギをさした上で、地域における疾患ごとの患者数、あるいは疾患の違いによる診療内容の相違、診療科ごとの整備実態など地域の生きた情報、データが必要であり、それに基づいた議論をしていく必要を強調しました。
前提にあるのは「患者に着目した議論の必要」という認識です。それを欠いたところで患者数だけを一人歩きさせたり、あるいはそうしたデータに基づく議論を不問にしたところで(安易に)急性期病床群を決めると、逆に地域医療提供の障害物ともなりかねないことを指摘したものです。
これを受けてようやく議論は手術に代表される外科系だけを考えたものとなるのは片手落ちであり、内科系との整合性の取れた考えの必要など、具体的な明らかにしていかなければならない内容は何かの議論に入っていきました。
また、事務局からはあらためて医療資源の少ない地域などの事情を踏まえた議論という認識が出されました。これ自体は正しい問題意識です。
ただ西澤委員が提出したのは、「狭い」意味での地域、人口数や病床数で考えるのではなく、診療科の有無などと結びつけて考えなければならないとの指摘です。
もっと普遍的な意味合いで提起されたのですが、少し受け止め方のズレが感じられたのは残念と言わざるをえません。
ただ、それにしても次のような「やりとり」は、どのようなものでしょうか。
7対1届出病院の看護職員集めに対する皮肉をある委員の所属する大学病院にことよせて行う、それに対する反論がされるなど、筋をたがえた意見が出される状況があり、残念ながら作業グループ全体の共通した問題意識、あるいは議論の必要でコンセンサスが存在するのか疑問符を持たせるものになっています。
このような状況で今春には急性期病床群を含む医療法改正案が提出される運びとなるとしたら、空恐ろしいと感じずにいられません。
「患者に対する見える化は進んでいるのではないか。機能分化も地域の中で進んできているのではないか。あえて今、急性期病床群を創設する意味はどこにあるのか。もう少し考えた議論が必要ではないか」。
西澤委員から出された意見です。
それこそ臨床現場の当惑等に応えていくものではないでしょうか。
今後の議論の深まりを期待したいものです。


