病院史と地域医療史両面伝える

「腎は仁也」発想原点に道北地方の透析医療

先駆者から医療・介護・福祉サービス総合提供医療法人へ
 

 道内の民間病院としていち早く、とりわけ道北地方最初の人工腎臓(透析)治療提供医療機関として知られる医療法人仁友会(石田 裕則理事長)の開院50周年記念誌『医療法人仁友会 50th 19672017 開院50周年記念誌』がこのほど上梓され医療・介護、福祉関係者の間で話題となっています。話題となっている最深の理由は医療法人の創設者である「(故)石田 初一先生」が琴線とされていた理念「腎は仁也」に基づいた透析患者の「社会復帰支援」「地域生活性の維持・支援」「療養環境整備」「医療に限らず介護、福祉サービス提供」というトータル・サービス法人の過程そのもの、それが地域医療史の足跡となっていることが本書の大きな魅力となっています。そうした担い手を突き動かす源泉は何か、地域包括ケアネットワークの具体化に取り組まれている多くの人々に一読を勧めます。

表紙P4


P68


「(故)石田 初一理事長」の精神引継ぎ「石田 裕則理事長」のもと

医療・介護・福祉、在宅トータル・サービス提供法人へ
 

 本書を特徴づけるものは開設者である「()石田 初一先生」の医業を引継ぎ医療・介護・福祉、在宅トータル・サービス提供法人へと成長・発展させてきた前理事長のご子息、「石田 裕則医師」をはじめとするグループ職員全体の意識性が伝わってくることです。

 意識性を象徴するように地域医療史の視点からも資料的に重要であり貴重と思われる記録が「50周年の沿革」となっています。

 「道北初の人工腎臓透析を開始/19671972」、「北海道初の夜間透析、CAPDESWLの導入/19741992」、「先端医療の取り入れ、オンラインHDF、レーザー手術開始/19951997」、と続くくだりは人工透析治療の発展・成長と個別医療機関での主体化の足跡として読み取ることができ、さらに「医療法人仁友会の設立へ/19982002」、「石田病院から北彩都病院へ/20032008」、「医療・介護のトータルサービスを目指して/20092016」と続くくだりは透析治療主体としつつ全身状態管理へと機能強化・拡充・充実していく過程であり、患者・家族を含む「地域社会を対象化」する過程となっています。

 その意味で現在、道内各地で地域事情を踏まえた地域包括ケアネットワークの具体化に尽力されている様々な職種等にとって参考や励ましとなる内容となっている点は本書の魅力であると私は感じています。

 

いち早い市民対象健康講演会などの取組み

 

 現在の「石田 裕則理事長」のもと、強調して紹介させていただきたい取組みの一つは、市民対象健康講演会の定期的開催です。第1回講演会に足を運んだ一人として当時旭川市内の民間病院で定期的市民対象健康講演会を実施するのは皆無に等しかったのを記憶しています。それほど定期的講演会の開催は医療機関にとって負担の大きなものだったのです。

 

事務部門の機能の大切さなど

各職種・機能の役割重視した組織づくりP2

 

 本書は「病院運営管理組織論」として示唆に富んでいます。

 具体的には各事業所・部署紹介を一読願いたいのですが、ここでは特に仁友会本部・北彩都病院事務部を例に触れたいと思います。

 トータル・サービス提供法人への発展を支えている機能の一つが事務部門のあり方です。個別機能の明確化と分散化の試み、とりわけ病院における医療情報課、地域医療連携室あるいは本部における企画課といった組織編成とその再編過程は示唆に富んでいます。

 そうした若手スタッフの育成・教育と合わせて「石田 裕則理事長」の冒頭の論稿「開院50周年を迎えて」とともに「平間 康宣本部長」による本部・事務部紹介に目を向けていただけたらと思います。

P44



一貫した透析患者社会復帰支援の継続

住環境はじめ生活環境整備に早くから着目

 

 「()石田 初一先生」の医療面の業績の一端は本書でも紹介されていますが同時に記憶に留めていただきたいのは、「()石田先生」は自院のみならず地域医師会の後輩育成などに寸暇を惜しまず労を取られていた事実です。北海道医師会の救急担当理事として活躍された()進藤和行先生はそのお一人です。地域医療史の大切な構成要素でありながら活字として記録されることが少ない人材育成の足跡を銘記いただければ幸いです。

 

一貫した透析患者社会復帰支援、維持の取組

当初からリハビリなど生活環境支援に心配り

 

 本書でも記載されているように透析患者の社会復帰支援は仁友会の継続した取組みであり琴線として50周年を貫く取組みです。

 ここではリハビリテーションなど私が学ばせていただいた一端に触れておきます。

 「下肢の血行不良などによる足の硬直化」、「生活機能の回復・維持」あるいは「家族環境の危機」、「入院料における平均在院日数要件の導入」と相まって対応がいち早く期待された状況に「リハビリテーションの提供」や「生活の場」「職業保障」などの具体的対応をされた先駆的病院であること、その一つとして夜間透析の導入があったのです。

 

2006年度改定夜間透析加算廃止提案に

歯止めかける役割

 

 夜間透析の話題に関連して2006年度診療報酬改定における夜間透析加算廃止を巡る事務局提案との「攻防」議論の舞台裏について簡単に紹介致します。

 中医協総会に夜間透析加算廃止の提案が提出されました。

 廃止提案を巻き返すべく患者会の声をあげることが出来ないか真っ先に相談したのが当時事務部長をされていた「井関竹男氏」でした。

 事情をすぐご理解いただき2日後の共同記者会見の実現に尽力賜ったことは筆者にとって忘れられない一コマであり、活字にならない日本医療史の隠れた一面だと思います。。

 臨床工学技士の専門職としての確立と発展を北海道臨床工学技士会長として担当された「井関竹男氏」だからこその対応かと思います。

 

 その意識性を法人全体に引き寄せると住環境に代表される生活環境整備の問題を早くから意識されていたことも紹介させて下さい。

 現在の「サービス付き高齢者住宅」に先立つ10年ほど前から構想の一端を聞かせていただいた一人として強調したいのは「制度ができたから」ではなく「制度がない時点から必要性に見合う住環境整備、生活環境整備とは何か」を模索されていたことです。

私はこのことを皆様の記憶に留めて欲しいと願います。

 

在宅糖尿病患者指導など大切に栄養管理中心に

2週間研修実施し訪問看護ステーション開設へ

 

 そうした意識性の表れとして誕生したのが訪問看護ステーションです。

 透析患者の合併症あるいは持病として糖尿病を併発している在宅患者は多く、そこで誕生するのが訪問看護ステーションでした。

 当時看護部長をされていた「三浦寿子さん」の指導のもと私の記憶では約2週間、徹底して栄養管理の大切さを中心に研鑽を重ね開設に至っています。当時、その研修に同席させていただいたことを含め「医療機関・医療職種等が地域を対象化するとはどういうことか」を肌で感じ取らせていただき、関連した看護職員対象のクリニカル・ラダー作成と実施などがほぼ同時に行われていたことは忘れられません。1990年代の初めでした。

 現在、地域包括ケアネットワークを作り出している「職種を問わぬ人々」の共通意識性を私自身に問いただす上で大切な一里塚です。

 

 また、老人保健施設の医療機能の拡充・評価のあり方で意見交換させていただいたことも忘れられません。介護医療院制度の創設に先立つ数年前のことでした。

 なお、私個人としては薫陶賜った懐かしい方々のお声に接することができたことをありがたく感じています。初一先生時代の着任時のエピソードなどを交えた「小林 武先生」や「安斉 勉先生」そして「古田 桂二先生」の遺稿に接することができたことを感謝申し上げ筆をおきたいと思います。

 

2020年2月12

株式会社メディウェル顧問 古川俊弘